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「知」を包含する「信」という概念

「信仰」という、目には見えない世界を説く立場と、「学問」という、合理的・理性的に物事を解き明かす立場――。この二つは、一般的には、「対立するもの」として受け止められることが多いと思います。でも――。「信仰」と「学問」とは、もともとは必ずしも「対立するもの」ではありませんでした。今回は、「知ることと信ずること」と題して、この「信仰」と「学問」との関係について、考えてみたいと思います。

カテゴリ
: 勉強

感想の声

Kさん

今年の流行した言葉、「STAP細胞はあります」のように、「目に見えない世界はあります」という事実は誰もが何となく感じているはずだと思います。そのことを受け入れられる人はまだまだ多くはないと思いますが、少しずつ確実に増えてきています。もちろん私もその一人です。

ガッツばあちゃんさん・女性

「この世は魂の学校」だと学ばせていただきました。限りある時間を、これから大切にしていきたいと思います。幸福の科学の支部になかなか行けないでいるので、こうしてラジオで真理を学べることがありがたいです。この世にいる間は精一杯生きようと思います。生かされていることに感謝し、人様のお役に立てるよう頑張ります。

Hさん・50代・男性

今日は信ずることのなかに知識は内包されているのだと教えていただきました。近代哲学者デカルトが神仏の心を扱わなかったとはいえ、ソクラテスやプラトンの知っていたこの世とあの世の世界を知ることが学問の原点であると思います。デカルトが信仰者であったことは確かな事実です。放送のまとめとして語られたとおり、宗教と学問の両立が未来を拓く鍵であると理解できます。

Nさん

「『正しき心の探求』の大切さ」の抜粋御法話に心打たれました。100冊余りの仏法真理の書籍を持っていながら、自分は初歩的なことがなっていなかったのだと痛感いたしました。

ライトさん・30代

見えないものを信じること、信じつづけることは本当に難しいことだな、と思います。

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